平成22年11月27日(No5091)  客は黙って離れる

客は黙って離れる

若いガールフレンドが成人式の前撮り写真をメールで送ってくれた。若さに溢れ、華やかで美しい。54年も前の記憶をたどりながら返信した。ほとんど記憶はないが、背広(スーツのこと)を初めて買ったときのシーンは鮮明だ。広島駅前の問屋街にある「S背広店」に、亡き母が連れて行ってくれた。当時の背広は青(紺)と決まっていた。

 

サイズを合わせるだけで事足りる。母のプレゼントだったと思うが、まだ四十歳代で若く今もその喜び顔だけ残っている。バラック(仮設)の店舗で応対してくれたSさんは、私に初めて大人の衣装を売ってくれた人だ。やがてブームに乗って大をなし、今も「洋服のS屋」会長として健在と聞く。以降、お目にかかることはないが、スーツは「S屋」と決めていた。

 

54年間、購入する店舗こそ「駅前店」「紙屋町店」「高陽店」「古市店」と移ったが、格別の思いで親しんできた。先達て馴染んだ店が閉店し、祇園のスーパーに新しいスタイルのショップをオープンした。案内状が届いたので何か開店の記念にと思い、妻と出かけた。馴染みの店員はいたが、生憎の来客中であいさつだけ。他の店員は振り向きもしない。

 

客はわがまま者である。ただそれだけのことで、お付き合い54年の「S屋」を捨てた。二度とその店の系列でスーツなど求めることはない。そのときの自分の思いをうまく表現できないが、どんなに歴史があっても客は寛容にはなれない。逆の立場にならないよう、その経験を生かして縁のある人を大切にしたいと心掛けている。捨てられるのは嫌だから。

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