平成23年5月28日(No5273) 論語に学ぶ
論語に学ぶ
全体研修の「論語紀行」も残り一回となった。同じビデオとテキストを使っての講座・研修は三回目になる。進行役を務めながら、その程度では何も分からないと自戒している。今週の『人知らずして慍みず、また君子ならずや』(人に認められようが認められまいが、気にしない。それが君子というものだ)。実はこの章句がいつも心に残っている。
その通りだと理屈では納得できるが、人間はそれほど素直な生き物ではないと心の片隅が反発する。人に評価されないのはまことにやりきれない。認められないと自信を失う。疑心暗鬼になる。やる気がなくなる。孤独感に苛まれる。やけになる。認めない相手が腹立たしくなる。孔子も人間としてそのプロセスを経ているから、自分を励ましていたのだろう。
上岩の上から中岩の上のバス停の間に、落ち葉やゴミが堆積したまま放置されている歩道がある。昨年からきれいになり始めた。赤ん坊が這ってもいいほどのきれいさ。一度「掃除人(そうじびと)」に会いたいと思っていたが、やっと念願が叶った。長い間人知れず地域のどこかを掃除している風格がある。高齢だが動きに「ムダ、ムラ、ムリ」がなく感動した。
「体が続く限りやりますよ。きれいが好きだし、花を咲かせるのが嬉しい」。淡々と話す一つ一つのことばに気負いがなく、あくまでも自然体だ。ぎらついたところもなく、「心の欲する所に従って矩を踰えず」の境地か。人に認められるためにやっているのではない、自分自身のためにやっているのだ、と背中が語っているようだ。徒歩通勤が一層楽しくなる。