平成25年5月24日(No6000) ディリーメッセージ№6000
ディリーメッセージ№6000
平成8年10月24日以来、毎日の積み重ねだからいくらかの感動があると期待し たが、案に相違していつもと変わりないスタートになった。始めのうちはテーマに苦労し、続けることにもそれなりの努力が必要だった。しかし、ここまで来ると習慣になり苦労はない。頑張っている最中なら受け止め方も少しは変わったかもしれない。ちょっと拍子抜けした。
もう一つ少しは進歩しているのではないかと、還暦のときと古希のときのデイリーを読んでみた。文章の書き方も考え方もまるっきり変化がない。人間は学べば 命ある限り成長する生き物と信じていたが、どうやら違うらしい。進歩がないのは衰えとは違う。後期高齢者になっても変わらないのは、若さを維持している証と受け止めなさいと妻が慰めてくれた。
若さを維持していると認められるのは嬉しいが、人間は欲張りだから満足とはいかない。勉強が足りない、努力が足りないと考えるほうが正しいように思う。よ く考えてみるとマンネリが生じ、かつてのひたむきさが失われているのではないか。あらためて日々の過ごし方を見直してみたい。これでいいということはない。成長し続けることが生きている証だ。
正直なところメッセージのテーマに詰まることがある。政治や行政など公については批判するが、個については悪口を書かないと心に決めている。価値ある文章 ではないが、読む人に不快感を与えては書く意味がない。荒んだ世の中だから週刊誌的な話題ならいくらでも書けるが、それでは世間の笑いものになってしまう。多少はいい格好をしたいと考えている。
夢は№10000の到達である。11年後は米寿になる。もしもその日まで今を維持できれば、大きな声で「進歩がないなあ」と嘆きたい。自分で自分の胸に勲章を付けてやりたい。