平成25年12月20日(No6210) 今年も友が逝く
今年も友が逝く
今週の週刊・経済レポートの表紙は、わが色紙『ひたすら まちを 美しく』で飾られた。ただし、失敗作である。昨今は筆ペン専門であり、墨を使った筆にはご縁がなかった。稽古はしたのだが「こんなはずはない」という傲慢な気負いがありありと見えている。同名の拙著の表紙は小河二郎氏の揮毫だが、さすがに枯れており品性が高い。恥を晒して反省する。
今週号は年末恒例の追悼・物故者慰霊集が掲載されている。平成24年12月から平成25年11月までの1年間。広島の経済界では84名が亡くなられている。もっとも若い人はデリカウィングの田中総一郎社長、最高齢は親交のあった猫本商事会長・猫本保夫氏92歳ほか3名。猫本氏はプロパンガス販売業時代の同業で丁々発止とやりあった。ご冥福祈念。
驚いたことに私より若い人が43名に上る。中には交流のあった武田哲司・武田学園理事長53歳、楠木伸二・楠建会長62歳、佐伯宏・フクダ石油社長71歳など。まだまだこれからなのに天は非情である。中小企業家同友会の代表理事で広島商工会議所の副会頭を務めた櫻井親氏は83歳、同志としての交流が深かった。こうした名簿を見ていると感慨深い。
不死身だったしいのみ学園の昇地三郎さんは、不死身だと思っていたが107歳で物故された。それまでには30年あると強がるものの、人間の命なんて儚いもの、明日の日が分からない。それだけに日々の後悔がないよう懸命に生きなければならない。とりあえず若い人の倍は生きたいと年間実働時間5400時間を目指す。1日15時間、365日無休で可能。
年明けて1月25日は『125歳宣言の集い』を宮島で開催する。長く生きることも大切だが、どう生きるかが問われる。さらなる健康長寿を願って心身を鍛えている昨今である。